ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

for($index=0 ; $index < new_year ; $index++){ print octet($index); }

 制御をせずに書く。後戻りなしで書く。バックスペースや、矢印キーを使わずに書く。疲れているからだ。だいたいこんなものだ。昨日見た夢をもう忘れているし、正月に立てた目標・・・読んだ本の名前、見た映画のタイトル、そういうものをどこかに書いておく。そうだ。思い出せた。ありがとうアメリカンスピリット。

 ゆるやかにカーブしている廊下を歩いている。紫のさいの目の材質の壁の間を、ぐるぐると螺旋をたどっていく足音を、金管楽器のようだと思いながら、機械的に、左足が前に出たから右も、といった理由で進んでいく。

 「This is life」

 2本の斜線につづいて、透明な文字で書いてあるのが見える。透明な文字が見えるというのも妙な話だ。定義の矛盾。言葉は矛盾を軽く乗り越えていく。言葉。君の手が呼んでいる。火花が踊っている。細胞が笑っている。Falseだ。そんなのはFalseなのに、言葉なら許される。いいのかそれで?

 何周したのか、わからなくなっている。そもそも、回っているのかもわからない。同じ壁が、同じ規則で、同じリズムで現れてくる。これはどこかで見たものだ。ウィザードリィ女神転生?歩いても歩いても、ずうっと同じ緩やかなカーブが続いてる。メビウス?恐ろしい話ではないか。俺は永遠にこのねじれた平面を進んでいくのか。

 歩き続ける。その間、見ているのは夢だ。座っているよりも、歩いている時のほうが現実離れしたことを考える。地に足がついているのに、どうしてだ?その時、唐突に気がついた。壁に書かれた数字がインクリメントしている。記憶の断片をすくいあげて適当に再構成した、いわば偶然生まれたセットの類と思っていたが、長方形の中に几帳面な筆致で細くひかれた線がまず横に短く1本、2本、3本。次に横線が消えて縦に1本。続けて、その縦線を横切って1本、2本、3本。そこまでたどり着くと、線が消える代わりに右隣のますに1本の横棒が現れる。

 一定の間隔で、線は規則的に増えて、消えて、右に移動して、を繰り返している。つまり、線形に増加している、ように思える。1つの仮説を手に入れると、確かめずには居られなくなる。そうやって、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて・・・

 

 気が付くと、俺は熱海と茅ヶ崎の間に立っていた。それ、どこ?というのは愚問。熱海から、この方向に歩いて行くとたしか茅ヶ崎サザンビーチ駅があったからそこから電車に乗れば、なんとか大丈夫なのだ。だけど、凄く重い荷物を背負っている。何が入ってるのかは知らないが、こんな荷物を持って、あたしがこんな町でバイトしてるとしたらこの店しかないじゃない、というようなことを頭の中に直接語りかけてくるので煩い。何でお前がここに居るんだ。

 5年前別れた妻が死んだと友人づてに伝え聞いて、私は実に清々しい心持ちになった。という書き出しの小説を考えていると、縦書きのノートに、一心不乱に筆で何かを書きつけている男の隣の席に座ってしまった。で、コーヒーを啜りながら3本目のタバコに火をつける。妙な音を立てたり、怪鳥のポーズを決めてみたり、せわしなく筆を走らせているそれは中年と老人のちょうど真ん中くらいの、ナントカ斎といった風情のオッサンなのだが、こういう連中が左翼を腐らせたんだろうなあとしみじみと詠嘆して、ズボンを下ろすと一緒に俺の下半身が落ちていった。ああ、どうしよう

 

 というところで目がさめましたので、おはようございます!!ことしもよろしくおねがいします!!年賀状をくださった超脳大使とつぼには厚く御礼申し上げますが、おまえら結婚しやがってチクショウ。さみしい。俺が。

 と、さみしんでいると、ネットワークから切断されたiPhone5ビートクルセイダーズをチョイスし、Be my wife!Be my life!なんだー夢はさめてなかったのかー(ふりだしに戻る)