ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

サンキュー・スモーキング の感想(ネタバレあり)

 いいタイトルの映画だなあー。

 

 煙草業界の天才ロビイストを主役に据えた、屁理屈ブラック・ユーモア。主役のオヤジは煙草会社が共同出資して設立した研究所の広報部長を務めている。このオヤジの口八丁が見ていてとても気持ちいい。

 

 PR屋としての天性と矜持を持っているオヤジは、その能力を発揮することにためらいが無い。そして、タバコ市場を拡大するという目的を果たすことが自分の仕事だと認識している。そのやり口、スタンスが実に俺好み。
 
 例えば、このオヤジは嘘を吐かない。だが、事実を言わないことがある。この感じ、とても良いんだよねえ。俺は120%同意。「事実を言わない」ことと「嘘を吐く」ことは違いますよね。
 
 自分の目的のために嘘を吐き、人を騙すのは反則。でも、自分の目的の為に都合の悪い事実を言わないのは、ギリギリセーフだよね。イエローカードくらい出るかもしれないけど。
 
 そりゃ、みんなが正直でいるのは良いことだし、理想です。ただ、理想は近づけていくべき道標なのであって、理想と違うことに憤っても意味がない。現実的な方法で、如何に理想に近づけていくか、それを考えるのが知恵なんじゃないでしょうか(何かいいことをいったような気分)。つまり、「正直者が得をする」ような制度設計をしたり、社会環境を整えていくことが大事だと思うんですよ。でも、今は必ずしも正直者が得をする状態になってない。
 
 このオヤジはそれが充分にわかっていて、目的のために適切な手段を採っている。「あなたの母親が、タバコが身体に悪いと言ったのですね。しかし、お母様は研究者ではないのですよね。専門家でない誰かが言ったことを鵜呑みにして良いのでしょうか?専門家の意見に耳を傾け、自分の頭で考えて決めるべきだとは思いませんか?」みたいなことを平気で言ってのける。本当にみんなが自分の頭で考えて判断しだすと、多分タバコが売れなくなっちゃうんだけどね。わかっててこういうことを言うんですよ。ブラックでいいよなー。
 
  主人公は、ハンサムだし頭も切れる、巧みな話術で出会う者を魅了するナチュラルボーン詐欺師のようなオヤジです。仕事柄敵も多い。嫌煙ムードに傾いている世情柄、アメリカ中から嫌われていたりもするし、元嫁にも愛想を尽かされているが、息子だけはこのオヤジを心のそこから尊敬している。
 
 このオヤジと息子の会話が良い。オヤジは息子と食事をしながら、一番好きなアイスクリームのフレーバーをネタにディベートの手ほどきをする。チョコ陣営についた息子は「チョコ以外の味はなくても良い」と熱弁するが、バニラ陣営のオヤジは「バニラがナンバーワンだが、私はチョコも好きだ。チョコ以外を選択する自由を奪うべきではない」と返す。オヤジに似て利発な息子は、「そんな話をしてるんじゃない、納得いかないよ」と反発するが、オヤジは「そう。僕が論点をすり替えた。重要なのは君が納得するかよりも、大衆の目にどう映ったかなんだ」と答える。
 
 その後、息子はどんどん成長し続ける。最後には、仕事で大失敗をやらかしたオヤジのところにやってきて、オヤジ譲りの分析と話術で父を絶望のどん底から救うほどの弁舌家になる。この時の息子の語り口がイケイケ時のオヤジそっくりで、直截、辛辣でありながら痛いところとプライドを見事に突き、オヤジにモチベーションを取り戻させてしまう。あー、親子なんだなあ、っていうすごい納得感。尊敬する父親に届く言葉を絞りだす息子の必死さ、息子が自分似の理屈野郎に成長してきたときのオヤジの嬉しさ、両方が見ていてうれしい。
 
 上に書いた親子の交流のくだりは素直に良いです。それ以外は基本的にスノッブで性格のひん曲がったオヤジが仕事で成功して失敗し、息子に教えられて人間的に一歩成長する、という物語です。善良で気持ちがあたたかい人は、途中までイラッとするかもしれません。主人公が純度の高い屁理屈クソ野郎ですから。
 
 俺は、最初から最後までとても爽快でした。そんで、ロビー活動、マーケティング、コマーシャルなどについて色々と考えるきっかけになる良い映画でした。天邪鬼、皮肉屋、理屈馬鹿には特にお勧めいたします。