ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

突然秋になる

静かに雨が降る秋の夜空より、更に暗い庭木の葉陰を下から覗き込むと、顔面がびしゃびしゃに濡れた。当然だ。

眼鏡に次々と小さな水たまりが出来る。やがて重力に抗いきれなくなり、それが両の頬を伝ってはらはらと落ちる。はたから見れば私は悲劇の主人公のようであったろうが、しかし私が考えていたのは今晩のおかずのことであった。ぶり大根が良かろうか。 

腰の高さの窓台に座ってこちらを見ていた猫が、ベッドの上へひょいと飛び移る。開け放たれた窓から侵入してくる冷たい空気に耳を逆立てて、少しでもぬくぬくと過ごそうというハラであろう。と、思っていたら、それは誤解であった。猫は不意に後ろ足を踏みしめ、小刻みに震えると私の掛け布団の上に小便を放った。そこはトイレじゃねえんだよなあ、と呟いてしまったものの、猫には言葉が通じない。しかし、一応はすまなそうな顔をしているようにも見える。この猫の名は三田。都営三田線に乗ってやって来たからである。