ガタガタ言ってる
終わらない夢を見ていた。終わらないのだから、夢かどうかわからないではないか。という意見もあるかもしれないが、おれ自身はこれが終わらない夢だということを知っていたし、僕が知っているということが何より確かな証拠になるのが夢だから、あれは終わらない夢だったに違いない。
フィクションでは、精神だけが他人の身体に乗り移るということがよくある。でも、他人の肉体に乗り移った精神が、乗り移る前と現在を、統合された連続的な記憶として保持できるということはあり得ないのではないか。
ユクスキュルが記した通りに、主体をとりまく環世界の様相を決定しているのが主体の感覚器官の方だとすると、精神が別人に乗り移った時点で、乗り移る前の環世界から切り離されてしまうことになる。すると、乗り移る前の人格や記憶、考え方自体を想起できなくなってしまうと考えるのが自然だ。
OSが違うとアプリケーションが起動しない、みたいな話とほとんど同じだと思っていて、仮に記憶が残っていたとしても、それは再生不可能なゴミデータのようなものになるだけ、ということだ。
案外、寝ている間に見る夢の一部は、以前のおれの身体に合わせてコンパイルされた、人格のゴミデータだったりするのかもしれない。怖い。
本日の名文
こういったゴシップ系の記事を書いている人間の心には、最終段落に何か気の利いたことを書かなければならないという内圧のようなものがあるのだと思う。本当に気の利いた一文に仕上がっていることはまれなのだが、このライターは実に良い仕事をした。
だが、“シャキン”と切られた被害者の性器も、そして小番被告の犯した罪も決してリセットされることはない。スキンヘッドだった小番被告の髪の毛だけが伸び始めていた。
この独特の、しょうもない余韻がお分かりいただけるだろうか。