ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

流出するパトス達

 プライバシーの概念は随分発達してきているけれども、迂闊さが台無しにするというケースは少なくない。ウェブ上では警戒していても、物理的に迂闊な人間というのはなかなか減らない。

 取引先との打ち合わせの帰りに、エレベーターで社内のうわさ話をしているオッサンやオバハンに出くわすことは珍しくもない。地元の中華料理屋で商店会長の悪口を肴に盛り上がるジジイ連の大声や、タイ料理屋でグリーンカレーの箸休めに同僚の男関係を腐す性格の悪そうなOL二人組のよく通るヒソヒソ話。おれは、そういう場面に出くわした時に必ず、iphoneの録音機能を立ち上げるようにしている。全く知らない人間達の間に交わされる日常の会話はどんな創作よりも生々しい迫力に満ちている。

 電車に乗ってきた2人の中学生が、何やら真剣な表情で語り合っているのが聞こえてきた。

「・・・うん。スクウェア・エニックスの漫画。」

「へぇ・・・出るとこ出てんの?」

「・・・結構エロいよ。」

 こういう、ハッとするような言葉がそこら中で交わされていると思うと居てもたってもいられない。出るとこ出てる。このボキャブラリーを獲得するに至った中学2年生男子の生い立ちはどのようなものだろうか。まだ幼さを残す彼らの表情は輝いている。制服の膝もテラテラに輝いている(これは摩擦熱によるものである)。

 帰宅の途中、今度は駅前の本屋で、官能小説をレジに差し出す75歳くらいの老紳士に出会った。頬が赤い。酒焼けだろう。数十分前に見た少年たちの60年後の姿がここにある。熱い。熱い2016年。そして今日出会った男たちが皆、あまりにも迂闊である。昭和生まれも平成生まれも関係ない。駄々漏れの熱いプライバシーをありがたく押し頂いて、おれは家路についた。