読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

酩酊と反省

日記

 先日、久々にぐっさんを家に呼んだ。1つ年上の大学の同期で、10年近くバンド活動を共にした俺の数少ない友人の一人。ある時期、俺の家に居候していたこともあるこの男は、抽象的な概念を捉えるのに長け、知的で温厚な人間である。が、実生活のこととなるとてんで頭がまわらない。哲学タイプのポケモンは、迂闊にもリボ払いを選択するのである。

 俺は酔っていた。ビールの空き缶を並べた食卓の上に大きく手を広げて、善悪の数直線を表していた。正面に座ったぐっさんから見れば、神は左手、悪魔が右手。正の方向の彼方にはイエス・キリストやブッダがおわし、負の方向には、酒鬼薔薇聖斗やアルバート・フィッシュが座り込んでいる、そんな話をしていた。

 悪ぶる訳ではなく、俺は自分のことを悪い人間だと思う。それに、人を殺す人のことを全く理解できない存在だとは思わない。状況が、環境が、パズルのピースがいくつかずれていたら自分がそうなっていたかもしれない、しかし、たまたまそうはならなかったのだと考えている。それは些細で大きな違いで、個人の力でどうにか出来る類のものではないという風にも考えている(この辺りは、多分サンデル教授の影響だ)。缶ビールを開ける音。

 「そうは言っても、君はそんなに悪い人間でもないよね」、というようなことをぐっさんが言う。悪人正機とか、そういう感じのことを。まあ、それはそうだ。だって俺は人を殺さねえし(この辺りで、少々酔っている)。仏から見れば凡夫で全員悪人だ、そういう話だ。すると、とりあえず数直線上に並べてしまったのは定義の誤りだったような気もしてくる。が、それはまあ良いとしよう。

 善悪の数直線の上に並んでいる人たちの事は、正であれ負であれなんとなく同じ人間なんだな、というふうに見ることができる。問題はねえ、この数直線上に存在していないPTA的な野郎どものことなんでございますよ、ダンナ。わかりやすかい?俺の口調は、インチキ講談師のようになってきていた。

 「PTA的な人たち」と俺が言うのは、彼らの価値観にそぐわない存在を、自分と同じ人間だと認められない人たちのことだ。有害なコミックを指定したり、青少年を健全に育成しようとし、ポルノをゲームを与えなければ子供はもっと健やかになると考える、そういう手合に対して、俺はどんな姿勢で相対すればよいのだろう。

 彼らPTA的な存在を「凡夫」だと思いたがる俺の心の動きは、鏡写しで彼らとそっくり同じ形をしている。彼らは俺を理解しない。俺は彼らを理解しない。啓蒙し、教導し、健全に育成してやりたい、という使命感、まったく同じではないか。キリンラガー追加だ。

 多分、アルコールの重力で時空が歪んでいたのだろう。さすがはアインシュタイン先生だ。発想が飛躍して着想と理論の順序が逆転する。おもむろに「やーっぱ中途半端なバカが勉強なんてしねえ方が良いんだよ」とか言い出す俺。ポル・ポトのことを思い出したのだ。ぐっさんはヘラヘラと笑っている。こいつは政治や社会にほとんど興味が無いのだ。文学部の癖に。いや、文学部だからか?理論とイデアと概念の男には、現実とか実践は必要ないのだ。それもまた正しい。勉強するなら、勉強だけしてた方がよっぽど害が無い。

 ポル・ポトはインテリだった。多分、理想の国家を作る使命に燃えていた。結果として起こった大虐殺が、実に納得のいく帰結であるなあとしみじみする。

 PTA的な連中を根絶やしにすればきっと今よりもずっと俺の住みやすい世界になるのだ。間違っているのは愚かなPTAで、人の正しいあり方に近いのは俺の方だと疑いなく信じ、彼らを啓蒙し、反抗する者は取り除いていかなければ、いつまで経っても理想に近づいていかないじゃないか。煮えている。煮え煮えである。いかにも凡夫の考えそうなことだ。

 凡夫凡夫のまま下手に知恵をつけると、イデオロギーの理論的整合性とか言いながら、自分と違う者、他者をぶっ殺したくなっちゃうんだから、勉強なんてしない方がいいんだよ。何を言っているのか分からなくなってきていて、ガハハと笑う。ぐっさんも笑っている。

 結局、PTA的な連中と自分が違うのだということを証明し続けるために、彼らの言葉に耳を傾け続けなければならないのだ。なんで俺だけー!?そう思ってしまったら、君も私ももれなく凡夫。嫌だなあ。それだけは嫌だあ。

 うーんうーん、と袋小路に嵌り込んだ俺は意地悪な気持ちになってきて、「死に魅入られた人びと」を貸した。ロシア文学に傾倒していた時期があるこの男に、たまには政治のことも思い出してあげてねという願いを込めた。嘘だが。

 

 意識を手放して話していると、こういう取り留めもない話をダラダラと続けてしまう。せめて酒を飲んでいない時は常に理性が制御している状態で暮らそうと思いました。