ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

老人は省略する

 私の祖母は、ファミコンのことをピコピコと呼んだ。何人かの友人も、似たような経験をしている。つまり、かなりの祖母が、ファミコンをピコピコと言っている。かなりの祖母。高橋がなりは元気だろうか(あまり興味はない)。

 それから、私の祖母は一つの進歩を遂げた。ファミコンファミコン、と呼ぶようになったのだ。偉大な一歩。
 しかし、時代は待ってくれなかった。折しもゲーム業界勃興の時、PCエンジンメガドライブスーパーファミコン、プレイステーション、セガサターンと、次々に家庭用ゲーム機が発売されたが、その全てを祖母はファミコン、と呼んだ。撫で斬りであった。柔和な笑顔、付け入る隙は無い。ファミコンさんで押し通す。さすが京都の女、まさか地元贔屓であった訳でもないだろうが。
 やがて、新しいハードの名前を1つも覚えないまま、祖母は私の名前を忘れてしまった。なかなか上手くいかないものである。
 
 思えば、細かいディテールはさして重要ではなかったかもしれない。4人の孫を持つ祖母は、私を呼ぶ時に名前を必ず3回間違えた。何か甘いもの、と言っておかきが出てきた時には目を疑ったが、私はおかきも好きである。
 ある人の祖母は、西瓜のことを「たま」と言ったらしい。すごいそぎ落としだ。緑と黒のしましまや、大きさ、味、色々とぶん投げている。ぶん投げているのだが、可愛らしい。「たま、け?」という3文字で、すいかたべる?という意味なのだそうだ。け、は「くえ」をとても急いで言うと発音としては近い。すごい圧縮比である。
 
 先日、バンド練習の休憩中に、2歳年下のベーシストが「チョコクロ行きましょうよ、チョコクロ」と言い出した。我々が若い世代からあたたかい目で見守られるようになる日も、案外近いのかもしれない。