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ガタガタ鰯太郎A

〜鰯太郎Aは二度死ぬ〜

私のバッファオーバーフロー、または恋の脆弱性問題

 人類は、いつも妄想と共にあった。

 ある朝気づくと、たまのランニングの袖が片方、無い。それは人類がピテカントロプスになる朝だ。が、頭はボサボサにしておいて欲しい。ギャートルギャートル、ハラギャートル。歩く原始人の上に、丸、丸、フキダシが浮かんでいる。その中に、ザ・骨付き肉という肉が見える。多分、世界最古の妄想は理想の骨付き肉であった。言葉が生まれるよりも前の話だ。

 確かめる術が無いのだから、私を嘘つきと断ずるのはまだ早い。そうは思いませんか。探せども獲物は見つからず、木の実だか草だかを齧って飢えをしのいでいる。かわいそう。ひもじ人間ギャートルズ達が、ギャートルギャートル言いながら念じたのは「俺だけのうまい肉」だったのではないか。それに、木の実ナナは原始人ルックが抜群に似合いそうだ。そうは思いませんか(不利と見て論点をすり換えた)。

 人類は、いったいいつから人類なんだろうか(壮大な話になってきた)。猫も妄想を抱くのだろうか(魚の骨のような気がする)。クラスの無口で美人なあの子は、引き出しに中を繰り抜いた聖書を隠している(俺はその銃で下半身を撃ち抜かれていた)。そういえば近所の病院の看護婦、先週歌舞伎町で見たような気がするんだよなあ(これは後で本当だとわかった)。

 言語を獲得する前から、やっぱりなんらかのモヤモヤした想念はあったのだろうか。腹が減った時に腹が減ったとも言えずに、いったいどうしていたのだろうか。たまのランニングみたいに叫んでいたのだろうか。言葉を持たない動物と、言葉を持つ人間との違いは一体なんだろう。境界線は何処にあるのだろう。人間が言葉を知る直前と直後、その違いを比べてみたいと思ったことはありませんか。探しものは何でしたっけ。見つけにくいロゴスですか?うーん。ロゴス!(気合を入れる)

 それを言うなら(?)聖性と暴力、あと黒髪ロングのストレート。好みのタイプではないけど、地元球団、下半身タイガースの打線を奮起させるに足る何かがある。猛打賞と脳挫傷って似ているよね。こういう具合だ。いや、妄想とすら呼べないか。 

 しかし、妄想はフリーランニングである。言い切った。意味はよくわからない。なのに言い切ったという満足感はある。頭の中で無秩序にシナプスが結線する時に、出力が間に合わなくなることがあるのだ。今がそう。躁とも言うー。キマり顔のクレヨンしんちゃんが。

 頭といえば。人間の脳は一般的なコンピューターとよく似た構造をしていると思う。無意識に構造を似せてしまったのかもしれないし、神の見えざるアレかも。とにかく、基本となるCPUとメモリとハードディスク、それから各装置の間で情報を受け渡すためにアプリケーションのようなものがあって、それは脳OSにインストールされている感じだ。学習によって成長するのは主にこのアプリケーションの部分で、だからそんなにハードウェアの性能がよくなくても、検索を効率化したり、一度に使うデータ量を切り詰めたりして、処理速度と精度を向上させることができる。

 コンピューターにも人間にも、入出力装置がある。入力装置の代表的な例はキーボード(体言止めによる独特の余韻)。キーボードに手のひらを押し付けたままにしていると、ビープ音がする。これは、「一度に受け付けられる量を超えておま」という警告だ。大量に打ち込んでも、ある一定の文字数分しか受け付けてもらえない。貯めておく場所がいっぱいになると、収まらない分は溢れて捨てられてしまうのだ。もったいない、という日本特有の概念がコンピューターをピーピー泣かせ、ノーベル平和賞を受賞する(しない)。このような、情報を一時的に、一定量貯めておく機構を「バッファー」という。

 人間の出力にも、どこかにバッファー的なものがある。一度に全部は書き出せない。他の人はどうだか知らないが、俺は脳が活発に回転し始めると思い浮かんだことを書く速度が追いつかなくなって、バッファーから溢れてしまう(今も、上の一文を書いている間に、5分前書こうとしていたことを忘れてしまった)。

 ところが、溢れないように片っ端から出力していった結果、このような事態を招いてしまい誠に申し訳ありません。ついさっき「こういう具合だ」と書いたのだが、どういう具合だ?と俺が首をかしげている。首をかしげているのだが、妄想をテーマにしている以上全て夢オチだったのだという逃げ場が用意されているため、博士が異常に純情、または彼は如何にして心配するのをやめてストーカー的な行動に至ったか、などと突然書きなぐったところで、必ず着地できると甘い算段を立てているのだ、俺は(倒置法を使ってみたかった)。

 人間≒コンピューターの話を続けよう。例えば、私生活に深刻な問題を抱えた場合、自分の気持ちを相手に説明しなければならない事態に陥る。そんな時にフ、リーズしてし、まい、今も固まりかけたが、全く言葉が出てこなくなる。複数の思考活動が衝突しているからだ。頭の中には同時に7つくらい、情報を処理するプロセスが立ち上がっていて、それぞれに処理している情報を統合してはじめて「今の俺の気持ち」とやらなのだが、それを一気に出力しろと言われても大いに困る。

 「これは言わないほうが良いか」「いやむしろ相手の為にはあれを諭すべきか」「それに対する予想される反論」(その反論に対する怒りプロセスが起動、反論を論難し、精神にダメージを与える3〜4のロジック提案)「俺をもっと愛してくれ」「金がねえ」「車もそれほど走ってねえな」これを一度に説明できるような出力装置を俺は持っていない。結果的に、ディスプレイには「別れようか」だけが表示されている。救えない話だ。なにやってんの俺のOS。

 僕は君の事を大切に思っているんだ。だからこう、裸になろう、そうしよう。こういう時だけ、一人称は僕になる。なんだか弱気だ。君はブラすら脱いでくれない感じがしてくる。盛り返したい。朕は卿を愛しておるのだ。これには流石の卿も素肌をあらわにせずにはおれまい。そういえば、COCCOは朕はCOCCOなり!とか言って裸足でステージから駆け下りたらかなりエンペラーだ。バカが煽ってイスラムCOCCOに軍事介入したって、国際社会のコンセンシャルダメージケアは持続可能だ。顔に射精された直後に前髪気にしてるような女とか、排出権取引って屁の話?いくら儲かんの?みたいな層がいる限り、意識の高いクソリーマンもまた消えはせぬ。名刺の山を人脈って言ってるタイプのウンコ達に、今こそ妄想の鉄槌を下す時だ。行きがかり上、演説のようになっている。

 しかし、諸君、今こそ妄想だ。未だ見ぬスカートの中を思い描いたとして、それでスカートを捲ってしまうような輩は無粋の誹りを免れぬ。捲ってしまったら、それは既に妄想ではない。妄想の豊かさは、実現しないことに支えられている。だから、俺もウンコを殴りはせぬ。手が汚れるし。

 原始の妄想は骨付き肉であったかもしれないが、我々は文明人だ。骨付き肉をわしづかみにしてしまえる時代に骨付き肉を思うのはもはや妄想と呼ぶに値しない、単なるあさましき我利我利根性である。中学時代、クラスメートが「この問題はテストに出るんですか」と延々質問し続け、教師から「この点取り虫ィィィッ!」と絶叫される痛ましい事件が起こった。そのモスト・オールド・オブ・ミスといった感じの女教師は、いつもどこでもどこから見ても立派なキチガイババアで、もう完全におかしくなってしまっていた。私学だから定年が無いのか、もしかしたら俺だけが見ている地縛霊なのではなどと邪推もしたけれど、あの一言だけは実に心に響いた。きっと辛い恋をしたに違いない。

 何の話だったかさっぱりわからなくなってしまったが、ここまではロート製薬の提供でお送りいたしました。僕はこれからお薬の時間です。アタマギャーテイ。

 こんなに書き乱しておいてまだ一つ、伝えきれていない気持ちがあったので、お別れの挨拶にかえて記しておこう。スティーブ・ブス美、日系3世。歯並びは極めて悪い。無粋、を変換していた時に、瞼の奥に蘇った。会ったことはない。